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〔SFE貿易の物語〕
社長である小谷学は、1973年生まれである。和歌山県海南市で生まれた。親は公務員で、県庁勤務という硬い家庭に育ったが、どうも、小さいときから暴れん坊で、先生を困らせた問題児だった。しかし、学校の活動には、興味があり、中学、高校と生徒会長を行った。クラブ活動は、陸上部に属し、砲丸投げを行っていた。まさに、青春は、鉄球との戦いだった。 高校卒業後、上京、東京の大学に進学 今は合併されてしまったが、国立東京商船大学に進学、航海学を学ぶ・・しかし、大学時代は、アルバイトに明け暮れて、商売人になることを夢見た。
たまたま、大学時代に出会った中国人留学生との出会いが、中国に行くきっかけになる。学生時代にも、起業しようと中国ビジネスを行った。当時行ったビジネスは、中国の商品を個人輸入して販売するビジネス。東京港区にワンルームマンションを借りて行うが、長続きせず、半年で挫折。やはり、中国ビジネスを行うには、中国に行かなければと思い、上海に留学。2年間、語学を学ぶ。中国語が話せるようになりたいと思い。まじめに授業を行かず、家庭教師を毎日雇って語学を勉強した。実は、学校の授業はサボっていた。しかし、結果だけを重視する性格は、今でも同じで見た目は、努力していないように見せかけて、実は、裏で極めようと努力するのが社長の性格である。留学終えたときには、結構中国語がうまくなっていた。2年の中国留学を終えた後に、アメリカに留学したいと思ったが、親の反対があり、仕方なく帰国、その後、東証一部のIT企業に就職。しかし、IT企業は、性格的に会わないので、つまらないと思っていた。あえなく転職、自分でビジネスをしてみたいと思い、中古車のブローカーを行う。小さいときから車は、好きだったので、結構がんばって商売した。中古車の買い取りセンターと組んで、YAHOOのオークションで車を売りまくった。当時は、YAHOOオークションが始まったばかりだったので、結構、思うように車が売れた。また、その成果を、中古車の販売組合で講演したこともあった。実は、講演を行ってビジネスをする基礎は、このころから始まった。さかのぼれば、中学高校と生徒会長を行うくらい、実は、人前で話をするのが好きな人である。そんなこんなで、日本に帰国してからも、起業精神いろいろあった。しかし、本人は、心の中では、絶対中国ビジネスを行ってみせるという思いがあった。大学時代 20歳のときに思った決意が、続いていたのである。 そう思っていたら、神が味方したのか、「上海で働いてみないか」という電話があった。一秒で決意した。中国で働く。それですぐに上海に戻り、日系企業で就職。始めは、塗料メーカーで就職して、中国の造船所周りをしました。その後、転職して、どうしても、中国貿易をやってみたい。原点は、そこからスタートしたのだから・・と思い。外高橋保税区の日系貿易倉庫会社に就職、何かタイミングが合って29歳の時に外高橋の保税区起業で雇われ総経理経験した。その後、30歳のときに起業をした。それが、今のSFE貿易である。やっと、念願の中国貿易で起業することができた。しかし、起業したからといっても、まったく仕事がなく、苦しい時期があった。しかし神は、味方したのか、何社か貿易業務の代行の仕事くれる企業が現れた。
仕事の内容は、中国のローカル企業で作った商品を日本に送ってほしいという案件である。始めは、自動車メーカーの工場に納品する「部品用台車」の製作から始まった。初めて、コンテナが商品を載せて日本に行ったときの感動は、今でも鮮明に覚ている。
その時、思ったことは、「一回できれば、後は同じ。試練はあるが、絶対中国貿易のスペシャリストになるんだ。」と思ったことを今でも鮮明に覚えている。2005年にふと思いつたことがありました。中国貿易を多くの人に知ってもらうための活動をしよう。「そうだ、セミナーを開催するぞ」と思い、毎週金曜日に中国貿易セミナーを開催した。その結果、延べ数で約600社の企業が参加してくれた。中国貿易の関心が非常にあることがわかった。そのような風に乗っているときに、大手物流会社とのコラボレーションの話が浮上。しかし、神は、安易に成功する道を与えなかった。大手物流会社の社長と話を決めて中国貿易のソリューションビジネスを行うことで動いていたが、大手企業の社内体制の再編成で、弊社との案件が、「おじゃんになった・」その時、思ったことが・・「人には与えられてた試練がある。苦難の道を必死に歩くぞ」という思いがよぎった。
一時期失速したものの、だめもとでセミナーを続けて中国貿易について説明した。多くの日本人が理解できれば、市場の意識が変わるようになるだろう。絶対何か与えることで、自分たちの仕事につながることになると信じて行った。
その結果、商工会議所や、地銀主催のセミナーなどで講演できるようになった。講演できるなったからといって、決して貿易の仕事が増えたわけではないが、中国貿易をやってみたい、多くの人に伝えて、何かビジネスチャンスを与ええることができる仕事がしたいと思ってきた願いが少しであるが、実現してきたように思います。SFE貿易にかける思いは、多くの人が中国貿易を円滑にできるためのサポート業務ができればと日々思って行っています。小さな企業ですが、どこの派閥にも属さず、完全に独立系の企業として何もないところから、「ただやってみたいという思いからからはじめました。それが、SFE貿易の歴史であり、これから作る歴史の基礎であるということです。今後とも多くの人に愛される企業として成長できることを心から願って、「気合を入れて」頑張っています。私どもの売りは、「何でも相談に乗る姿勢」です。中国貿易に限らずトータルに企業を応援できるように力を注いでいます。それが、社長である小谷学の思いです。 |